6・3・3・4だから16年になります。
16年もの歳月、わたしは「学校」というところへ通っていたのです。
他に生きる途がなかったとはいえ、よくもまあ16年も続けたものだ・・・と思ってしまいます。
16年も続くものといったらのんびりしていると思います。
全力疾走で16年、崖っぷち絶体絶命で16年というわけにはいかないでしょう。
そういうせかせかしたものは2、3年で終了してしまうでしょう。
今、思い返してものんびりしていたのです。
のんびりしていて、その都度自分にふりかかるめぐり逢わせと暮していたように思います。
幼い頃は転校を繰り返していました。
これが昔の少年マンガのようにケンカして学校を転々としていたのなら因果は自分にあります。
物語のようなものを自分で描けるのです。
そうではなくて全て父の会社の辞令が理由なのでした。
自分のあずかり知らない会社の人事で、思い出もそれまでの行きがかりもサヨナラです。
縁もゆかりもない土地へ暮しごと移動。
そのとき現在というものを形造っていた諸々が根こそぎ形を変えたのです。
どうにもならないのだから楽天的でした。
どうせ2、3年周期だと思って嘘ばかりついていたのです。
冗談を言うのとケンカがそこそこ強いのは必要上、身につけました。
新しい土地で「前の学校でピッチャーをやってたんだ、ピッチャーをやらせろ」と嘘をつくのも、友達に馴じむ手順のようにケンカするのも、又これかよと思いながらものんびりとこなしていたのです。
その辺を突きつめて崖っぷちまでたどり着いていたら到底16年も「学校」にいなかったでしょう。
面倒は面倒、退屈は退屈でしたが、幸か不幸かわたしはそういう性質だったのです。
16年もの歳月、わたしは「学校」というところへ通っていたのです。
他に生きる途がなかったとはいえ、よくもまあ16年も続けたものだ・・・と思ってしまいます。
16年も続くものといったらのんびりしていると思います。
全力疾走で16年、崖っぷち絶体絶命で16年というわけにはいかないでしょう。
そういうせかせかしたものは2、3年で終了してしまうでしょう。
今、思い返してものんびりしていたのです。
のんびりしていて、その都度自分にふりかかるめぐり逢わせと暮していたように思います。
幼い頃は転校を繰り返していました。
これが昔の少年マンガのようにケンカして学校を転々としていたのなら因果は自分にあります。
物語のようなものを自分で描けるのです。
そうではなくて全て父の会社の辞令が理由なのでした。
自分のあずかり知らない会社の人事で、思い出もそれまでの行きがかりもサヨナラです。
縁もゆかりもない土地へ暮しごと移動。
そのとき現在というものを形造っていた諸々が根こそぎ形を変えたのです。
どうにもならないのだから楽天的でした。
どうせ2、3年周期だと思って嘘ばかりついていたのです。
冗談を言うのとケンカがそこそこ強いのは必要上、身につけました。
新しい土地で「前の学校でピッチャーをやってたんだ、ピッチャーをやらせろ」と嘘をつくのも、友達に馴じむ手順のようにケンカするのも、又これかよと思いながらものんびりとこなしていたのです。
その辺を突きつめて崖っぷちまでたどり着いていたら到底16年も「学校」にいなかったでしょう。
面倒は面倒、退屈は退屈でしたが、幸か不幸かわたしはそういう性質だったのです。