30年前、機関投資家所有の傾向が強まってきたころ、それは安定化の影響をもつと見られていました。
観察者のほとんどは機関投資家が長期投資を優遇して短期投機を避けるでしょうと思っていたのです。
その可能性はまだあります。
実際、機関投資家の巨大な資本プールは国の主な資産を表わしています。
ただし機関投資家のマネジャーたちがもっと辛抱強い投資・収益観をもてば、の話です。
この可能性を実現するには、ある経済原則の変化が必要です。
そうすれば、長期投資が金融機関にとってもっと魅力的になるでしょう。
これは第一に、マネジャーが取引費用やマネジメント手数料に基づいて報酬を受けるのでなく、ファンドの長期的成果の何らかの測定によって報われるように連邦規制を調整すべきだということを意味しています。
第ニに、そしてたぶんもっと効果的なことですが、長期投資のための環境作りの方法は、年金基金の証券取引による短期収益に課税することでしょう。
駐車場でのスピード・バンプ(こぶ)がドライバーの速度を落とさせるのと同じで、短期取引収益への課税は、マネジャーを企業の長期見通し・・・
その資本投資、研究開発、労働者の訓練、管理、そして国際競争力に注目させるでしょう。
さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき
・・・啄木が釧路の街におりたったのは、明治41年の1月のことでした。
当時釧路は根室本線の終着駅で、根室本線は開拓の中心であった石狩の方から延びたのではなく、釧路を起点にして明治34年に穀倉十勝の資源を運ぶためにのびたものです。
釧路はこの十勝の資源と、釧路川の上流の木材や硫黄の積み出し港として発展した街で、十勝の大津や石狩が栄えた明治の中期頃までは、貧しい河口の漁村にすぎなかったのです。
私の青年時代のこの街は、ひどい濃霧に包まれた魚臭い街でした。
しかしその印象は必ずしもいやな思い出ではなくて、今も霧の奥から差込む柔らかい光のように、私の中に明るく澄んでいます。
いつかこの町の中央にかかっている幣舞橋の上で、目の不自由な人が、霧にぬれた手摺にもたれて、じっと何かをさぐっていました。
それは海という未知の世界に出て行く漁船のざわめきだったのか、濃霧の中から太く強く船人たちに呼びかけてくる、霧笛の呼びかけであったのか知りません。
そのとき私は、その頃まだ行ったこともない、北欧のことなどを思いめぐらしていました。
札幌旅行もいいものですが、私としては釧路もおすすめしたいです。
みなさんはどちらがお好きでしょうか。
わたしはうどんです。
あのモチモチ感。
つるっとした喉ごし。
最近よく行くおそば屋さんで、わたしはうどんばかり食べています。
そこのお店のおじさんはとてもいい人なので、もし「何でそば食ってくれないんだろ」なんて思わせてたらどうしよう・・・でもうどん食べたい。
というくらいうどん派なのです。
おモチかうどんか?!と詰められたらものすごく迷ってしまいます。
というのも実は・・・わたしはおモチも好物なのです。
白くてモチモチしたものが好きなのかもしれません。
「好きな男性のタイプは?」と聞かれたときに、「食べ物で言うと栗」だと答えていたわたしですが、もしもおモチやうどんのような男性に出会えたら、一発アウトかもしれません。
白くてモチ肌の人。
つきたてのおモチのようなあの人。ということでしょうか。
ところでそんなわたしなので、ならば力うどんが最高に好きなのでは?というと、実はそれがそうでもないのです。
一緒になればいいというものではないのです。
一緒になるとむしろ、じゃあカレー南蛮ください。となってしまうわたしなのです。
おモチもいい。うどんもいい。
それなのに力うどんにそこまで惹かれないのは、きっとしつこいものが苦手だからでしょうか。
モチモチ感のある麺にモチを合わせるそのしつこさ。
白に白を合わせるそのセンスの無さ。
それは美味しいことは美味しいのですが、何ででしょうか。
80%くらいのもので満足するのに、130%くらいのものが来ちゃうとイヤですもんね。
そういうことです。
日馬富士が結婚したそうですね。
さきほど行ったおそば屋さんに置いてあるスポーツ新聞の一面で知りました。
相手は米倉良子似(21)の、モンゴル女子大生だそうです。
米倉良子に似ているなんて、かなりのモンゴル美人ですね。
素晴らしいです。
日馬富士はあの汚れきった角界のなかで唯一すてきな人なので、この結婚はとても喜ばしいことです。
その一面に小さく、近年の有名力士の結婚した年と、お相手の顔写真、年齢、当時の職業が書かれていたのですが、やたら学生が目立ちました。
朝青龍のお嫁さんも当時は学生だったようです。
今回の日馬富士のお相手もモンゴルから日本の大学に留学しにきた女子大生だそうですが、21歳という年齢よりも大学生という部分が気になってしまいました。
せっかく大学生なのに、全力で学生生活を楽しむよりも結婚するなんてすごいなあと思いました。
わたしは一生大学に通いたいほど大学での勉強が楽しいものだったので、余計にそう思ってしまいます。
結婚はあと2~3年でも待ってもらえばいいのに・・・と思って。
卒業はするのかもしれませんが、もっと全開で勉強に集中すればいいのに。と思って。
まー人のことなのですが。
しかし日馬富士みたいなボンヤリ顔の人はすてきですよね。
眉毛も太いし。
お相撲さんにしては体格が小さいようですが、あんな温厚なかんじで大関になるほど強いなんてかっこいいです。
まわしもまげも、誰よりも似合っていますね。
今回は青春映画について。
「疾走しない青春」、あるいは「疾走できない青春」という映画。
青春の特権としての疾走がある時いつからかひかえめに隠蔽されるようになりました。
例えば『真夜中のカーボーイ』。
疾走しようとしてもそれがすでに達成できないこととして用意されているのです。
ウエスタン・ブーツにテンガロントでキめたカウボーイは、N・Yに女に乗りに来ました。
リッチでゴージャスなジゴロになるために。
彼は乞食のようなネズミのチビのポン引きと組み、そして一緒にだめになっていきます。
彼らはマイアミを目指します。
そしてそれは達成されないのです。
もうひとつ、『リキッド・スカイ』という映画。
ロシアから来た異人がN.Yで撮った青春残酷物語です。
主人公はコネチカットからやってきた女の子。
先祖がクイーン・メアリー号でやってきたようなアメリカ旧家の女の子です。
宇宙からはUFO がN.Yにやってきます。
その宇宙人は体をもたずに人間のエクスタシーをエサにしているのです。
宇宙人は彼女をオトリにして人をどんどん殺していきます。
彼女だけは死にません。
彼女は不感症だから。
彼女は愛を求めていますが、それはいつも得られないのです。
彼女は人にこづかれ、バカにされ、あざ笑われ、男や女にモノのようにあつかわれ、股をひらかされます。
とてもきれいな顔をしているのに。
「ここではないどこか」を夢みてコネチカットからN・Yに来たのに。
UFOだけがどこかにつれ出してくれるのだと彼女は信じています。
ドイツからUFOを追って科学者がやって来ます。
ストレンジャーにとってのN・Y。
奇抜で人を恐怖させるようなファッション、ネオン。
3秒後にはすたれる流行、すりきれた会話。
ロシアから来た異人には、さぞマンハッタン砂漠の風がきびしかったのでしょう。
周防正行監督の『シコふんじゃった。』には、全体に、そののんびりしたトーンがあります。
実はそういう青春映画は稀なのです。
青春はやたらに美化されたり、みっともなく描かれたりします。
まあ、無理もないところかも知れないのですが、別に自分は夜な夜な情熱をダンスにほとばしらせていたわけでもないし、コンクリートジャングルの片隅で生き急いでゴミ箱を蹴とばしてたわけでもありません。
いっそ、そういうことなら話はわかりやすくて助かったのですが、あいにくというか申し訳ないというか、自分は16年も「学校」へ通ってしまうような人間でした。
今、DVDのパッケージを見たら筋書きが要約されているので丸写しします。
「コネで一流企業への就職も決まり、あとは遊びまくるだけの生活のはずだった教立大学4年生の山本秋平。
しかし単位とひきかえに穴山教授が顧問をする相撲部員となるはめに・・・。
相撲への情熱だけは人一倍の8年生、青木のもとによせあつめの部員5人が集まった。
伝統ある部の存続をかけて、軟弱大学生たちの涙と笑いの挑戦が始まった」
この映画で言いたいところは一点、めぐり逢わせの問題です。
「教立大学4年生の山本秋平」は単位めあてに相撲をとることになりました。
16年も「学校」へ通っていると、ひょんなことから相撲をとるようなめぐり逢わせになるのです。
それは不幸とか不運というのと似ています。
不幸とか不運だなんて言って暗い目をしても仕様がないことですが、相撲をとる立場であったり、わたしの学生時代の事柄でいうなら転校をしたり、いきなりミニコミ誌を出すようなことになったり、そうしためぐり逢わせのなかで人はどうしようもなく1人になるのです。
1人であることに気づくのです。
その地点から世間との距離を測って、立とうとします。
出来事が折り重なってやって来て、頭ぐらぐらするのです。
泣くに泣けないこと、笑うに笑えないこと、怒るに怒れないことが数珠つなぎでやって来ます。
または泣き笑い怒る。
そうして頭ぐらぐらしている間に、誰とも何とも譲れない自分があるのです。
「オレは今やっと、自分の足で四股を踏み始めたところなのだ」
周防正行の同名小説(太田出版刊)の結びの一行です。
全力疾走でも崖っぷちでもない「山本秋平」はあぐり逢わせの末、そこへたどり着きました。
その「自分の足」で踏む「四股」を今後信用していいかどうかは別問題ですが、今、彼にはそれだけがあって他に何にもありません。
「学校」は風化しても、それはずっと残るのだと思います。
6・3・3・4だから16年になります。
16年もの歳月、わたしは「学校」というところへ通っていたのです。
他に生きる途がなかったとはいえ、よくもまあ16年も続けたものだ・・・と思ってしまいます。
16年も続くものといったらのんびりしていると思います。
全力疾走で16年、崖っぷち絶体絶命で16年というわけにはいかないでしょう。
そういうせかせかしたものは2、3年で終了してしまうでしょう。
今、思い返してものんびりしていたのです。
のんびりしていて、その都度自分にふりかかるめぐり逢わせと暮していたように思います。
幼い頃は転校を繰り返していました。
これが昔の少年マンガのようにケンカして学校を転々としていたのなら因果は自分にあります。
物語のようなものを自分で描けるのです。
そうではなくて全て父の会社の辞令が理由なのでした。
自分のあずかり知らない会社の人事で、思い出もそれまでの行きがかりもサヨナラです。
縁もゆかりもない土地へ暮しごと移動。
そのとき現在というものを形造っていた諸々が根こそぎ形を変えたのです。
どうにもならないのだから楽天的でした。
どうせ2、3年周期だと思って嘘ばかりついていたのです。
冗談を言うのとケンカがそこそこ強いのは必要上、身につけました。
新しい土地で「前の学校でピッチャーをやってたんだ、ピッチャーをやらせろ」と嘘をつくのも、友達に馴じむ手順のようにケンカするのも、又これかよと思いながらものんびりとこなしていたのです。
その辺を突きつめて崖っぷちまでたどり着いていたら到底16年も「学校」にいなかったでしょう。
面倒は面倒、退屈は退屈でしたが、幸か不幸かわたしはそういう性質だったのです。
わたしは社会人になってしばらくしてから、デビッド・リンチの『イレイザーヘッド』を見ました。
このとき、デジャヴのように襲ってきたのは、底辺の下宿生活者としてのわたしをとらえていた浪人時代の妄想でした。
あの1年のあいだに起こったことは冗談のような、夢のような密度をもっていたからです。
『イレイザーヘッド』はリアリズムです。
木や森に親しんでいたリンチは、初めての都市フィラデルフィアでの下宿部屋でのすえた暗さに、わたしのごとく打ちのめされたにちがいないでしょう。
わたしの映画人生に決定的な影響をあたえた『ブルー・ベルベット』もまた、上京して初めて遭遇したアザーサイド・オブ・ザ・ワールドを追体験させるものであり、また自分が育った田舎の人間関係を別の相のもとに見直すきっかけとなる映画でした。
『ツイン・ピークス』もリンチ演出のヨーロッパ・バージョンを繰り返し見れば世界がゆるやかに崩壊していくのを体で感じることができます。
もしあなたが都市の大学に進学する気のある田舎の高校生なら、なるべくいろんな人間の住む雑然としたアパートに入ることをすすめます。
他人の生活を「覗く」ということのスリルとセックスの不可解が君を虜にすることは確実です。
覗きと勃起。
あなたは崩壊するでしょう。
人生が訳のわからないものになることは必至です。
まったく人生なんて訳がわからないのです。
歳をとれば安定した距離と態度がとれるかと思っていましたが、家庭があろうが、子供が3人いようが関係なく、ますます混迷してきたというのが実感です。
観念肥大の淋しき生活者に、リンチ作品は救済であり続けるのです。
15~6年まえ、LAに長くいたことがあります。
当然ながら日本のように治安はよくありませんでした。
大袈裟かもしれないのですが、死を考えない日は1日もなかったのです。
毎日、"今日こそ黒人に殺されるぞ"と観念していました。
実際、ダウンタウンのドラッグストアにいたときなど、映画の『ニュー・ジャック・シティ』に出てきそうな黒人数人がピストル片手に強盗しに来たし、友人の母親などガーディナの街で中指をナイフで切りとられて指輪を盗まれました。
警察は一言、「生きててよかったじゃん」というくらいのもの、懸念は存外はずれていないのです。
ビバリーヒルズやメルローズなどで白人を見ていると映画のようにまばゆいばかりですが、ハリウッドの紫街で黒人に囲まれると、こちらが世界的スターでもないかぎり死にたくなります。
まさに光と闇。
"人種のるつぼ"・・・その失敗例が当時のLAにちがいないでしょう。
黒と白は解りあうことはない、なんていえば、「浅薄すぎる偏見だ」と反駁されるでしょうが、私は白人と日本人以外の人種に偏見を持っているのだから仕方がありません。
いわんや白人は白人種以外は信じていないでしょう。
それは好悪だけの問題ではなしに、恐怖心から異人種に対し銃口にも似た険しい視線をむけるのです。
いや、人種の問題だけではないのかもしれません。
「この世のだれもが自分とは異なる人種である」。
そんな対人関係の恐怖が『ブレックファスト・クラブ』に登場する5人の傷ついた視線にも見えかくれしています。
とは申せ、"いま世界じゅうの俳優でだれが好きか?"と訊かれれば、私は躊躇わずにプリンスとエディ・マーフィの2人を挙げます。
『ドゥ・ザ・ライト・シング』(スパイク・リー監督)で、こんな場面がありました。
「マイケル・ジャクソンやカール・ルイスは好きだろ?」黒人がイタリア系白人にいいます。
「なのになぜ、あんたらはおれたちを馬鹿にする?」
「そりゃマイケルとかは好きさ」と白人。
「やつらは黒人を超えた黒人だからね」
白人に愛されるため、私は"日本人を超えた日本人"になろう・・・。
映画でそれを学んだのです。